赤や青や銀・・・
色とりどりにラッピングされた如何にもなそれらは、棋院の事務所に預けたきりだ。

プロになって以来、2月になればポツポツと送られてはいた。
その頃は数も両腕で足りるほどだったし、個人的に頂いても、自分や碁会所の人に配って消化は出来たのだけれど・・・
北斗杯に初出場して以来、その数はとても両手では抱えきれない量になって、
中には手作りの物や、少し引いてしまうような内容の記されたカードが入るようになった。
ここまでくると、流石に自分では対処しきれなくなって、申し訳ないとは思いつつ全て棋院で処理をして貰っている。
プロに成り立ての頃から、純粋に応援してくれている方の分も、不公平だからと一緒に・・・

それでも熱烈なファンというものはいるようで、
今日も帰宅途中のここまでの道すがら何人かの女性に箱を押しつけられた。
そして全て断った。
すぐに引き下がってくれるならまだ良いが、中には泣き出したり、突然怒り出したりする人がいるから対処に困る。
個人的な贈り物は受け取りませんと、公にも言っているのに・・・
ボクだけが悪いのでもないだろうに、何故か全てがボクの責任のように感じてしまう。
正直、もうチョコも、バレンタインもただの神経を尖らせるものになってしまった。

毎年毎年、この日が憂鬱で仕方がない。
この前、そんなことをついぽろっと市河さんに零してしまったことがある。
すると彼女はチョコレートケーキを差し出しながら少し困ったように笑った。

「アキラくんは、まだ好きな子がいないから。」

彼女も毎年ボクにチョコを渡してくれていたけれど、
他のファンの人の分を全て処理していると聞いてから、箱では渡さなくなった。
その代わりのチョコレートケーキを、ボクは濃いめのコーヒーで流しながらそんなものかと少し淋しい気持ちになった。
全部が全部、嫌な訳じゃないんだ。
例えば市河さんや、お母さんや・・・
大切な人から貰うチョコはとても嬉しい。
でも、見ず知らずの、全く碁も解らない人にゴテゴテした装飾を施されたチョコを、
如何にもボクを知っているような内容を綴った手紙と一緒に送られるのは気が滅入る。
ファンですとか、応援していますとか、○○雑誌で一目惚れしましたとか・・・

ボクの碁を知らずに、一体何がファンなのだろう

重たいチョコの詰まった箱達は、棋院に置いてきたはずなのに、
帰り道を進む脚はちっとも軽くはならなかった。

「痛・・・」

薄くミミズ腫れになった頬を押さえる。
手袋越しの手はけばけばしていて、余計に痛みが増すようだ。
まったく、これだからにわかファンは理解できない。粋なり紙袋を振り回してくるなんて・・・

『アキラくんは、まだ好きな子がいないから』

さっきからこの日を否定するたびに、市河さんの言葉が蘇る。
好きに・・・なれるんだろうか。
そういう人が出来れば、この日を、その唯一の人に想いを馳せて、
ただの甘いチョコレートがそれ以上の甘さで、特別なものとして感じられるように・・・

「あっ!よーっ塔矢」

突然後ろから羽交い締めにあったと思ったら、視界に色の抜けた髪が見える。
前々から思っていたが、この男のスキンシップは過激すぎやしないか。

「進藤・・・」

重いからどいてくれ。と言うニュアンスを含めて低く唸る。
彼は軽快なステップでボクの隣に回り込む。

「お前今帰り?オレもなんだー。ついでだからコレ運ぶの手伝ってくんない?」

無邪気な笑顔で突き出されたのは、大量のチョコとそれが入った紙袋。
先程別れを告げたきらきらの甘ったるいそれらが、進藤の両手を埋めていた。

「キミ・・・毎年毎年、よく受け取れるな。」

ため息交じりのボクに彼は不思議そうに首を傾げた。

「え?だってせっかく貰ったんじゃん。そういや塔矢は?え?もしかしてゼロ?」

ぷっぷっぷっ・・・と眼をコレでもかといやらしく三角にする彼にムッとして、全て置いてきたんだと吐き捨てた。
今度、彼の目はまん丸くなった。

「え?マジで?もったいねー」

だってコレとかゴディバだぜ?普通じゃあ口にしないぜ?と袋の中の一つを指差して眼を輝かせる。
まぁ、いいよ。キミが受けとる受け取らないはキミの自由だから。
さっさと家に帰って棋譜の整理でもしようと彼を振り切って歩き出したとき、

「あっ!」

彼が突然、ボクの目の前に顔を突き出した。

「っ!!危ないじゃないか!」
「お前、コレ何?腫れてる?」

さっと何もつけてない手のひらがうっすら赤くなったそこへ触れる。
冷たくて気持ちいい・・・

「なに?顔面強打?」
「キミ、とことんボクをからかいたいのか」
「冗談冗談!えーっと・・・」
「ファンの子に殴られた」
「は?」

また眼が丸くなる。彼の顔は本当に観ていて飽きない。

「チョコレートを断ったらね、ヒステリックに暴れられて・・・」
「あーそれで角が擦れたんだな。風呂で染みるぞコレ。」

恐る恐る撫でる指先に何故かそわそわ落ち着かない。
そう言えば、ココは道の真ん中じゃないか?

「進藤・・・痛いんだけど」
「あ、わりぃ・・・」

ぱっと放された手がやりにくそうにズボンの生地を掴む。
何となく、やりにくいな。この空気。

「お前はさ・・・」

丸かった目は今度は伏せがちにキョロキョロと泳いでいた。

「好きな人、いねぇから・・・」

今度はボクが、眼を丸くする番だった。
あの時はボクと市河さんだけで、彼はいなかったはずなのに。

「いないから、まだ、貰える有り難みととかさ、あげる喜びとか・・・そーいうの分かんないかもだけど・・・」
「・・・」
「やっぱ、良いもんだぜ。バレンタインってのは。うん。」

勝手に納得して、彼は自分のバックから一つの箱を取り出した。

「これ、オレがオレ用に買ったんだけど、お前にやるよ。」

バレンタインとか関係無しだからいいだろう?
そう言って差し出されたのはどこのスーパーにも売っているチョコレート菓子。
既に開封されていて、チョコを身に纏った細長いビスケット生地が此方に向けられていた。

「やるよ。友チョコって言ってさ。女の間ではフツーに流行ってるんだぜ?」

フツーに流行るとはどの程度なのだろうか。などと思案している間に、彼は一本をつまみ出し自分の口にくわえた。
そして更にもう一本、今度はボクの口に差し込む。

「ビターチョコだから。お前も食えるだろ」

そう言うと、彼はそのままそのお菓子の箱と紙袋の片方を問答無用で押しつけ、くるりと前を向いて歩き出した。
唾液で溶け出したチョコレートが、ビターの筈なのに何故か甘い。
そう、感じるだけだろうか。

あと10分ほどでボクの家に着く。
そう言えば、彼はどうしてここまで来たんだろう。

「進ど・・・」
「オレさ、」

何時も、一番聞きたいことは遮られて-----

「昔、好きなヤツがいたんだ。」

「でも、チョコなんて食えないヤツだったから、なんもお礼とか、言葉でも態度でも示してやらなかった。」

そうして一息吐くと、彼は振り返って、困ったように笑った。
あの時の市河さんと同じ表情・・・

「だから、罪滅ぼししてんのかも。」



嬉しいと、思えるようになるんだろうか。

こんなにも、哀しい顔を覚えても-----

キミは・・・・・




「進藤」
「ん?」
「口を開けろ」
「は?」
「いいから開けろ」

よく分からない内に、半開きになった口めがけて、ボクは進藤に貰った菓子を突っ込んだ。
勢いをつけすぎたか、彼が咽せる。

「てっめ・・・何すんだよ?!殺す気か?!」
「友チョコだよ」
「とも・・・」

言い切ったボクに、彼は顔を真っ赤にしながら言い淀んだ。
なら、ボクによこすなよ・・・

「嬉しいか?」

含み笑いを彼に向けると、ひとしきり咳きこんだ後にチョコを飲み込み首を掻いた。


「お前も嬉しかったクセに!」




ボクの家まであと8分


出来ればもう少し、長く、
来年は、ボクの紙袋も持って貰おうか。









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