「眠れない」
「・・・だから?」

5回目のコールでやっと途切れた電子音。
入れ替わりに「もしもし」と聞こえた声は、明らかに今まで寝ていましたと云わんばかりに不機嫌だった。

「眠れないんだよ」

もう一度、同じ言葉を繰り返す。
20歳の自分の誕生日、親の反対を押し切って家を出た。
新しい生活をしようって、それが目的だったはずなのに、気が付けば買い換える家具もそれを置く配置も・・・選んだ部屋の間取りさえ、実家のそれに似ていて。
オマケに・・・向かいの家はいったい何を考えているんだろう、年中しまい忘れの鯉のぼりがたなびく。
それが、窓の向こうから、目を覚ますたびに、カーテンを開けて空っぽな頭の中に直で入ってくる。

冬の風に泳ぐ鯉なんて、見慣れてないからダメなんだ。

「三ヶ月前の威勢はどこへ行ったんだか」

ふぅ・・・と吐かれた息が、まるでリアルに隣にあるように感じる。
生暖かな感触まで伝わってくるようでびくりと震えた。
忘れていたのをわびにかけたのかと想ったら・・・まぁキミが覚えてるはず無いけどとブツクサ零すのが聞こえて、ああとその時思い出した。

「部屋は、3階だったか」

何とも言えずに黙っていたら相変わらず不機嫌な声が吹き込まれた。

「20分ほどで着く。大人しく待っていろ」

偉そうに。
いつもはそう返せるはずの威勢の良さが今夜は、本当に出てこなかった。
ただ、早く。早くと

「・・うん、ゴメンな」

そう一言囁いてから受話器を外そうとすると、もう一言。

「着いたら電話する。だから」

何時も思うけどこいつには何か超能力でも備わっているんじゃないか。
電話を切って立ち上がると、俺は云われたとおりに薄紫の布に手をやった。


「カーテンは閉めておけ」





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