クリスマスパーティと称された男だけの飲み会が、何時しか本音を零す暴露大会に転がった頃、進藤ヒカルは絡む酔っぱらいに愛想笑いを浮かべつつその場を後にした。

横引きの戸を開けてのれんを潜れば、キンと冷えた空気が頬に刺さった。
白い息を一つ吐き出しながらマフラーを巻き、アスファルトを踏みしめる。
静かな夜空に自分の足音がコツコツと響いた。
足下から伸びる街灯に浮かび上がった影を見詰めながら、ヒカルは今日の飲み会の事を思い出す。
和谷が可成り出来上がっていたが、伊角も同席で終始彼の肩を叩いて慰めていたため、面倒見も必要ないだろう。
毎年開かれる気の知った男同士の飲み会。
それは大概、クリスマスパーティだとか忘年会だとか新年会だとか、それらしい名目で行われてはいるが、実際のところは「ひとり者」の集いだった。
世間が恋人だ家族だとワイワイ幸せにやっているときに一人というのは、寂しいのだろう。
ヒカルには、あまりその気持ちが分からずに、また、同時によく解りすぎて複雑だった。物理的な淋しさと、精神的な寂しさは違うと思う。
だから、こうやって誰かと一緒にいようとするのだろうけれど。
和谷と伊角はいい歳をして、この「飲み会」では常連だった。だが、毎年、回を重ねるごとに、入れ替わるメンバーもいる。

ヒカルはふと、今年から顔を見せなくなった冴木の事を思い浮かべた。
彼には今年の夏に彼女が出来た。
碁打ちではない、普通の、ごく一般的なOLだと、以前棋院に会いに来たときに幸せそうに紹介された。
長い髪を胸元でカールさせた気さくで可愛らしいという形容詞がぴったりと当てはまる女性だった。
冴木さんも隅に置けないなぁとよく和谷と一緒にからかったものだ。
きっと今頃は冴木はあの可愛くて優しい微笑みを浮かべる彼女と、二人きりで幸せな時間を共有しているのだろう。

そこでヒカルは大きく息を吐いた。
ほっこりほやんと立ち上る白い湯気。
一人だなぁとしみじみと思う。
昔は、背中にあったその温もりのお陰で、考えたこともなかったけれど。
だから、こうして毎年、ひとりを感じないように、飲み会があるのだろうけれど。
でも、何時までもこの飲み会にいられるわけではないと、ヒカルはぼんやりと分かっていた。

「寂しい・・・のかな」

ヒカルにはよく分からなかった。



マンションの手前まで来て、自分の部屋を見上げ、ヒカルは眼を丸くした。
早足で階段を駆け上がり、あかりの漏れる部屋のドアノブを捻ると簡単にその口を開けた。
ほんのりと甘いような香りと適度な湿度を保った空気が身体をまろやかに包む。
想わずマフラーをとった。

「ああ、お帰り」

突き当たりの廊下を手を拭きながら歩いてきたアキラが言った。
少し跳ねる息を整えながら、ヒカルもつられて「ただいま」と言う。

「すまない、暇だったから、勝手に上がった」

対してすまなそうに聞こえない声でそう言うと、お粥を作っているからと中へ促された。
倒錯的な立場に違和感を覚えつつも素直に従う。
中央のリビングテーブルの椅子を引いて腰を下ろすと程なくして、真っ白なお粥に分葱の細かいのを散らされたものが運ばれてきた。
ほのかな甘い香りが食欲をそそる。

「この匂いだったんだ」
「何が?」
「いや、なんでも」

いただきます。と箸を持ちながら手を合わせ、息を吹きかけながら口に運ぶ。
アキラはその様子を対面の椅子に座りながら見ていた。

「お前は食べねぇの?」
「ボクはお粥の気分じゃないから。キミは今日、飲み会だったんだろう?」

珍しく頬杖を付きながら首を傾げると切りそろえられた髪の毛がはらりと落ちた。
ヒカルはチラとそれを見詰めてから、また碗に口を付けた。
食べ終わるまで、アキラはずっとその格好でヒカルを観ていた。

食後、香ばしい香りと共に玄米茶が差し出された。
礼を言って受け取ると、アキラはまたヒカルの向かい側に座って、やはりじっとヒカルを見詰めた。

「暇なら、お前も来れば良かったのに」

飲み会。と熱いお茶を啜りながら時々アキラの顔を見詰めて言った。
茶葉の香りと色がアルコールの入った胃を綺麗にするようだった。
ヒカルはアキラの入れてくれるお茶が好きだ。

「あれは君たちの知り合いが集まるところだろう。ボクのいるべき場所じゃない。」

当然だというアキラの反応にヒカルは湯飲みをテーブルに置いて両手で包んだ。

「・・・今年から、冴木さんが来なくなった。」
「そうか」
「和谷も、最近なんだか幸せそうなんだ。」
「いいことじゃないか」
「・・もしかしたら、来年は来なくなるかも。門脇さんもそんな感じで今は殆ど会ってない。」
「・・・・・・」

湯飲みを少し強く握ると、指先から熱の感覚が逃げていく。
ヒカルは何となく解っていた。
二年前から違うメンバーの飲み会に行くようになった門脇、「私も連れて行きなさいよ!」と言わなくなった奈瀬、彼女と過ごす冴木。
いつか、和谷や伊角も、何かが変わってこの飲み会からいなくなってしまう日が来るかもしれない。
そして、自分も。
小学校を卒業したときのように、囲碁部を抜けてしまった時のように。あかりの高校の制服を見てしまったときのように。

「なぁ・・・」

相手を持たない言葉は吐息と共に溶けた。
ゆらゆらと濁った水面が揺れて、自分の心の動きのようにざわめき出す。寂しい感情が溢れ出しそうになる。
それを掴むようにアキラの手がすっとヒカルの指先に触れた。

「だから、こうしていたいのかもしれないな」

洪水を塞き止めたアキラの手は温かくも冷たくもなく、そこに存在しないかのようだった。
存在しないように、しているようにも思えた。

「キミがあの場所を抜けるとき、次の居場所はもう少し、近くなっているといいな」

手に触れながらまるで独り言のように呟いた言葉は、ヒカルの耳に何時までも残って。
一度だけヒカルの指を包みこんだ手は、しかし直ぐに離れていった。

















「結婚」の続編と言えなくもない。



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