道に還る

----------------カタ  カタン

------------------------------------カシャカシャ ゴトン

 

「塔矢、そこの塩取って」

「ほら」

「ん」

 

-----------------------ジャー  シュッ

------------------------------カタカタ  キュッ

 

「おまえ、なんかしゃべれよ」

「だったらキミがしゃべればいいだろう」

「いいんだよ、このままで楽しいもん」

「だったら僕が話すこともないだろう」

 

------------------------------------------シュウウッ

 

「あ、火ぃ止めろ。噴いてるぞ。・・・ったく、おまえ邪魔だって」

「こんな狭いキッチンで、男2人が肩を並べるというのが無理なんだよ」

「いいじゃん、2人一緒に休みなんて久々だもん。お互い最近ろくなモン食ってなかったしさー。たまには手料理。男の手料理、流行ってるの知らない?」

 

----------------------------ガシャガシャ  ガタンッ

 

「進藤、そのまな板ちゃんと消毒しろよ。落としたものを水洗いだけして使うなんて冗談だろう」

「うるせえな。おまえ神経質なんだよ。こんなの、そのまま使ったって死にゃしないっての」

 

「「本当に、つくづく気が合わないな」」







        






追い求めて、追い求められて。

ライバルとして、一生を彼と歩き続けるのだと気づいた時。そんな相手がいる幸せを手に入れた時。

嬉しさに身を振るわせた。ぞくぞくした。

追いつき、追い越されるかもしれないというあの恐怖感。あせり。そして、そうはさせるかという闘争心。

相手が強くなるほど自分も強くなる。自分が一歩高みに上れば、相手もそれに近づく。

 

 

 

碁のライバル。

自分の中でそれ以上に素晴らしい人間関係なんて存在しないと思っていた。

だから・・・・・・・。

いつしか彼に抱いていた自分の気持ちが恋愛感情なのだと理解した時には驚いた。怖かった。

そしてこんな感情を持たせた彼を憎いと思った。

ライバルでいれば一生彼を失うことはない。共に同じものを目指して、同じ道を歩いていくのだ。

なのに、それだけで満足できない自分が嫌だった。戸惑った。

どうすればいいのか分からない自分の中で、どんどん彼の存在が大きくなっていった。

 

碁においても、日常においても、彼を取り巻く全ての中で僕を1番に感じて欲しい、求めて欲しいと願った。






          





追いかけて追いかけて、ようやく自分に振り向かせたと思ったあの喜び。

けれどそれだけじゃ満足できなくなった自分に気づいた時の驚き。

 

あいつの心が全て欲しくて、何もかもを自分のものにしたくて、身体を繋げればそれで何とかなるとさえ思っていたあの頃。

性欲も手伝って半端じゃなく抱き合った。

だけど欲しかったのはそれだけじゃなく、本当に欲しかったのはいつだってあいつの心だ。

俺には負い目があったから。罪悪感があったから。不安感があったから。

欲しても欲しても、俺が本当に欲しいものは決して手に入らないのだと思っていた。

 

佐為と打たせてやらなかったことが、常に心の隅でちりちりと小さな痛みを引き起こす。

俺の中に佐為を見つけてはくれたけど、本当はそんなので満足していないのじゃないか、俺を見てはいないのじゃないか、いつだって・・・・・。
あいつが求めるのは佐為だけではないか。

打ち消してはまた浮かび上がる不安。

 

 

 

あいつの、俺に対する恋愛感情を疑ったことはこれっぽっちもない。

間違えようもない。俺を好きなんだ、あいつは。

そして俺もあいつを想ってる。

 

だけどさ、俺は恋人としても、碁のライバルとしてもおまえにとって1番じゃなきゃいやだったんだよ。






                





進藤が「同居をやめないか」と言ったのはいつのことだっけ。

どうせ棋院や碁会所、ともすれば地方のセミナーでだって一緒になる。会う時間はいくらでもある。

だから・・・・・・・・・。

 

「少し、距離を置かないか」と。

 

僕も感じていた頃だったから、ただ一言「そうだね」。

それだけで済んだ。

お互い、不要なことは何も言わず、何も聞かず。

だって分かっていたから必要なかったんだ。「どうして?」なんて言葉は。

 

恋愛感情に溺れていたのがキミだけだなんて思わないでくれ。

僕の方がやばかった。

腑抜けてしまった。

 

いつだって、キミが追う相手は僕でなければ嫌だ。キミを引っ張りあげるのは僕であって欲しい。

キミにとって共に歩いて行くに相応しい対象でいたいと望みつつも、あの頃情けない姿を見せていたのはむしろ僕だ。

 

 

 

一緒にいる時間が短かろうが長かろうが、僕が彼を好きなことは変わらないし、彼が僕を好きなことも変わらない。

恋人という存在で満足できるならあのままでも幸せだったろう。

だけど、僕らはそれ以前にライバルだから。

棋士として、胸を張って相手と対峙したいから。

 

そうだろう?






             





塔矢に「同居をやめよう」と言い出した時、あいつはあっさりと「そうだね」なんて返事した。

お互い、考えていることは同じだった。

俺の心の内はあいつも気づいていたし、気づいていることを俺も知っていた。

ただ・・・・なかなか言い出す勇気がなかったんだ。

あそこはとても居心地が良くて、できることならあのままいつまでも身を委ねておきたかった空間だ。

 

だけど、ヤバイと思った。

俺はライバルでいたいんだよ。恋人の立場だけに甘んじるなんていやなんだ。

 

そう思い続けていたのに、塔矢と身体を併せるようになってからの俺は最悪だった。碁が疎かになった。肉欲に溺れた。

実績上は白星が続いた。だけど、塔矢と打ちたいのはそんなんじゃなくて・・・・。もっと、もっと興奮するような、互いが互いを引き上げて、更に、もっと・・・とキリが無いほど貪欲になれる碁を望んでるんだ。

 

自分を納得させたかった。

俺自身が、塔矢を引き上げてやれるくらいのものが欲しかったんだ。いつだって。





            




進藤が戻ってきたのはその後どれくらいしてからだったかな?

ある日地方対局から戻ってきた僕を、笑顔で迎えた。

「お帰り、なんか食う?腹減ってない?」

 

あたかもずっと同じ場所で、2人で暮らし続けていたかのような言葉。彼の態度。

彼の瞳がとても澄んでいたのを覚えてる。

静謐な光を湛えて、穏やかに微笑む彼。今まで子供っぽい、人懐こい笑顔しか知らなかった僕には別人のようにも映った。

 

恋してる人間に更に恋するなんて、キミ信じないだろう。いつだってその一瞬一瞬が、これ以上ないというほど相手への想いでいっぱいなのに、それでもまだ足りないなんて我ながら信じられない。

 

きっと毎日、日々恋をし直してるんだ。その時その時が自分の精一杯の想いで溢れてる。






            





俺が塔矢の元へ戻ったのは、それが必要だったから。

あいつも俺を必要としてくれたから。

 

沢山、イヤになるほどもがいて、あがいて。悩んで・・・・。

何度も立ち止まっては進み、また同じ迷いが生じて袋小路に入っては、新しい道を見い出してまた一歩を踏み出す。

俺は俺の碁を打ち続けるだけだ。そうすることができる自信がある。

塔矢が望んでいるのは俺の碁だ。佐為を抱えて、これからも歩み続ける俺だけの、俺にしか打てない碁。

 

大丈夫。

そういう自信が持てたから戻った。

だって俺の望む神の一手は塔矢とでなければ届かない。俺を引き上げ、そしてその塔矢を追い上げてやるのは俺なのだと確信できたから。

 

・・・・・・何も聞かずに俺を受け入れてくれた塔矢。

 

おまえには本当に敵わない。あ、いや、碁のことじゃないぞ。

碁に関しては、いつだっておまえにぴったりくっついて、おまえをあせらせてやるよ。

おまえはいつも変わらない。立ち止まることはしないけれど、時折ふっと後ろを振り返っては俺の存在を確かめるんだ。

ちゃんといるよな、すぐ後ろにいるんだよなって。

そんな余裕がないくらい、振り返る暇なんて与えないくらい、俺はすぐにおまえに追いつくよ。

そうしたら。

肩を並べて一緒に歩こう。歩き続けよう。





            





紆余曲折を経て、その度に僕らの繋がりは強固なものになっていくのだと、心から思っていた。

どんなに辛い事も、悲しい出来事も、嬉しいことも楽しいことも全ては2人で一緒に作り上げたものだ。

2人でなければ成し遂げられないもの・・・。

棋士として。恋人として。





           





--------------カチャ  カシャン

----------------------------コトリ  カタン

 

食器の重なり合う音。テーブルに物を置いた音。椅子をひく音。スリッパの擦れる音。

何の言葉もなく、互いの存在を楽しむ。

2人が共有する1つの空間。

 

「さて」

穏やかに流れる時間の中、ヒカルの朗らかで明るい声が割って入った。

朝から2人して作った、2人のためだけの食べきれないほどの料理。あれも作ろう、これも作ろう、2人で沢山のメニューを一緒に作ろう、とヒカルが提案し、前日から大量の食材を買い込み下ごしらえをした。

「2人同時に丸一日休日なんて、ここ最近なかったもん。2人でできることしよう」ニコニコ笑いながら言ったヒカル。

ああでもない、こうでもないと互いの料理の仕方、手順について口論をしつつも、出来上がってみれば
「写真撮りたくない?盛り付けも結構いい感じじゃん」
とヒカルがはしゃぎ、
「まあ、お互いにあれだけ納得のいかない作り方を目の当たりにした割に、出来上がりは悪くないな」
などと言い、口の端が上がっているアキラ。

テーブルを挟んで向かい合って座る2人。

 

「俺、いよいよ明日から名人戦の挑戦手合いだ。おまえとの公式戦は久々だからわくわくする」

「たいした自信だけど、キミが途中で負ければ僕との対局はないってこと、分かってるのか?」

「むかつく奴だなー。絶対勝ち進んで、おまえからタイトルぶんどってやるからな!覚悟しとけよ」

「楽しみにしてるよ」

 

顔をくしゃくしゃにして「べっ」と舌を出すヒカルを見ながらアキラは苦笑する。

いつまで経っても、何年一緒にいても、子供のような恋人。

そう思う次の瞬間には、全く正反対の表情を見せるのだ。大きな瞳をゆるりと細め、真向かいにいるアキラを優しく見つめる。

 

「昔はさー、おまえとの対局がある度にここ、出てったっけな」

「ああ、そういえば。下手をすると2,3ヶ月出て行ったきりの時もあったね。キミ、いつでも一人で決めて勝手に行動するから、最初は戸惑った」

「だってさ、あの頃は気持ちの切り替えとか上手くいかなくて。馴れ合いみたいの、おまえキライじゃん。俺だってそんなの許せないと思うし。だけど、理性でどうにもならなかったっていうかさー。
ライバルで、友達で、かつ恋人でいたいってすごく贅沢なことだよな。難しいよな。
・・・・だけど、全部を手に入れたかったんだ。妥協するなんて考えたくなかった」

 

ぱくん、と作った料理の1つを口に放り込むと、満足そうな顔をしてからまた言葉を続ける。

「俺思うんだけど。
俺らってさぁ、男女じゃなくて良かったよな」

「え?」

「ほら、所謂男女の恋仲じゃなくて・・・。昔はすっげえ悩んだ時期もあったぜ。
男同士の俺らの関係ってさ。でも。
俺らにはこれが、これこそが」





            





俺ら、男同士で良かった。

だって。

塔矢と俺が、普通に男と女だったら、きっとこの棋士としての、ライバル関係は築けなかったと思うんだ。

ただの恋愛感情に溺れて。それで満足して。

世間の目や、親への配慮。そんなもの、昔はうざったいとしか、目の上のたんこぶとしか思えなかった。

だけど、そうやって冷静になれる部分があったからこそ、きっと今もこうしておまえと肩を並べられている。

俺は昔から手を差し伸べられることに慣れていて、甘えることを当たり前のように思っていて。

多分、俺が異性だったら、とっとと塔矢との恋仲に満足して、棋士としての道をあきらめていたと思うよ。

例え、犠牲にした誰かの存在があったとしても。

それに心を閉じ、忘れたフリをしたかもしれない・・・・・・。





            





キミは、自分を過小評価している。

どんなに辛いことも、自分自身で道を切り拓いてきたのに。

それに気づかないでいるんだ。



ライバルとしての彼を、とても尊敬している。

恋人としての彼を、とても愛している。

だからこそ、いつだって全力で相手に臨むのだ。

彼と共にこの道を歩むに相応しい存在であるために。

 

 


 

夢を追い続けられる幸せ。

そしてその道を共に歩く者がいる贅沢さ。

 

出逢ってくれて、有難う。

そんなこというのは変かな?

 

今日の、この料理のように、2人で一緒に沢山のものを作っていければいいね。

 

明日見るキミの顔は、碁打ちのそれだろう。

背筋をピンと張り、異様な緊張感と、周りを圧倒するようなオーラを身に纏い、目の前の碁だけに全神経を集中し、自分の世界を繰り広げる。

いつか、キミの世界と僕の世界が綺麗に融合し、重なり合い、美しい1つの宇宙を描き出せるといいね。













            夢見るものは、ただ1つの世界。

 
























い・・・頂いてしまいました。
なんと今回ついに紅葉様のお宅でキリバンを踏ませていただくことができまして!
うう〜幸せ!!アキラとヒカルがっ大人っぽく落ち着いています〜(感)
正直に言わせてもらいまして、私、既に三行目の「塩取って」で既に一度血圧の限界値越えました。
もう心底日常的な二人に弱いので、今回は心の広い紅葉様がキリリクを快く承諾下さったのを良いことに
自分の趣味丸出しなリクエストを拙い文章でお願いしていまいまして・・・(汗)
それをこんなに素敵な二人にして下さったんですよ!!
「男同士で良かった」というヒカルの答えが、本当に切なくも理解したんだな、
乗り越えたもの、受け入れたものがあるんだなと感動してしまいました。
それも全て碁を打つため。これぞヒカルの碁です!
これからも一緒に一つの世界を創りあげていってほしいです♪
そしてやはり二人は料理姿が似合うなぁと一人ニタニタしておりました。
紅葉様、大人な二人を本当にありがとうございました!!こんな二人が描きたいです・・・(切実)
また紅葉様宅のキリバンを踏むために極力福引き等で運を使わないように注意します!

 
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