「それは、光のクセですか?」

序盤を過ぎて、そろそろせめぎ合いが始まるという時だった。
左辺の接近した石達をどうすれば自分の有利な方向に持って行けるか、普段は敵との間合い等を測るために使っている脳を総動員してうんうん唸っていたのだが。
ふいにかけられたその声に、光は一時思考を区切って顔を上げた。

「何が?」

彼の言う「それ」が何を指すのか計りかねた光は瞳を広げたまま、小さく首を傾げた。

「手ですよ。手。頬杖を付くのはあまりよくありませんよ。」

狩衣から半分ほど覗いた手が、無遠慮に肘まで捲り上がりそうな手を指して云う。
つられて観れば、胡座をかいたその上に肘を立て、曲げた手の甲にどかりと頬を載せて俯いていた。
どうやらずっとこの姿勢で長考していたらしい。
気付かなかった。
対する彼は依然として背筋をピンと伸ばして、盤を挟んだ向こう側で綺麗な笑顔をたたえていた。
自分を指差したその手を口元に持っていき、くすくすと上品に笑う。

「骨が曲がります。仕事にも支障をきたしますよ?」
「う・・・今日まで仕事の話を持ち出すなよ。」

ゆうるりと吹いた風が、御簾を揺らして影を動かす。
のどかな午後の昼下がり、昨晩夜警を頑張ったお陰で、光は今日一日、非番を貰ったのだった。
久しぶりに訪れた彼の屋敷は、相変わらずの風景で、沢山の人々が碁を打ちにやって来ていた。

妖しの一件以来、正式に帝の囲碁指南役に任命された彼。
もうその命を断るには有名になりすぎていた。
彼も、光も。
だから彼にとっても、光と打てるこの時間はとても貴重なものなのけれど。

「早く治して下さい。その所為で、光が妖しにやられたら、たまったものじゃありません。」
「縁起でもないこというなよ〜」
「光にはこれからも、ここに来て貰わないと困ります。」

折角上達してきているのにと、眼を輝かせて語る姿は、どう見ても碁バカのそれで。

「へいへい、お手柔らかに頼みますよ。師匠。」

軽く肩を竦めて見せて、頬に張り付いていた甲を離すと
目の前の彼を見習って背筋を伸ばし、見詰めた先に石を放った。








そんな、夢のような夢だった。








「それ、キミのクセなのか?」

手にした石を戻して、顔を上げる。
そこにはいつもの真っ直ぐな眼。

「ああ、これ?」

彼の云う「それ」に気付いて、姿勢を正す。

「治そうとは思ってるんだけどな」
「骨が曲がるぞ」
「うん。」
「対局にも、支障が出る」
「そうだな。」
「それで、キミと打てなくなるなんて、ごめんだからな」
「・・・うん」

小さく笑って前を向けば、少し怒った眼が二つ。

「治すよ。治す。」

そういって、更に背筋に力を込めて、彼の石の隣を触った。












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