「塔矢、こっちこっち!」

秋の日暮れ。水色にほんの少しのオレンジが混ざった空。
上に視線を向ければぐるりと広がる果てない空間。
腰から下では細く長い黄金色の葉が風で揺らめいている。
その青と黄色の境目をボク達は走っていた。

「待ってくれ進藤。いったい何があると言うんだ?」

一人どんどん先を行く進藤は時折わたぼうしを蹴り上げて白い光を舞い踊らせる。
前方からは陽光。
彼の背中だけを灰色に切り取り、黄金の簾はなびき分かれる。
と、突然御簾は高くなった。
視界は一瞬にして金に染まる。
前方で確かに走っていたはずの進藤は見えなくなり、それでも乾いた音を頼りに走り続ける。

「進藤?」

音はするのに、いるのは解るのに、確かに跡をついてはいても、
鮮やかすぎる光の鱗毛に急かされる。
何かが、聞こえる。
ダメだ。ここは。
もう一度叫ぼうとしたとき、不意に現れた手がボクを引っ張った。
先ほどよりも速度を上げて走っていると、眩い軌跡はボク達の視界に幾筋もの微かな波を残していった。
幾筋も、幾筋も。
道もない。
彼が創っているのだ。
誰も知らないこの道を。
上を見上げても、もう空は見えなかった。
溶けてしまいそうだ。
この中に。
彼に腕を引かれたままそんな甘く恐ろしい思考に微睡んでいると、
視界が開けた。


ボク等は小高い丘の上に立っていた。
「ほら、見てみろよ塔矢。」
夕日の光に目を細めながら、彼が弾んだ息で指さす方向を見下ろす。
するとオレンジ色に染まる草原に、淡いピンクが無数に集まり揺れているところがあった。

「これは・・・」
「なあ、降りようぜ。」

丘を一気に駆け下りると霞のかかって見えたそれははっきりとした輪郭を現した。
そう、これは

「コスモス。」
「なんだ、オマエ知ってんじゃん。」

からかうような笑顔が夕日に照り映える。

「失礼だなキミは。ボクだってそれくらい知っている。」

柔らかく揺れる花びらを指先で撫でてみる。
そういえばこんな風に近くで草花を眺めるのなんて久しぶりのような気がする。
庭にある木々とも花壇の花々とも違う、本来の姿。
とても綺麗で、恐ろしい。

「ちぇっ。おまえってこーゆうの知らないと思ったのになぁ。」
「ボクにしてみれば、キミが知っている事の方が意外だけどね。」

クスクス笑ってそう言うと気に障ったらしく、彼は案の定ふくれてそっぽを向いてしまった。
しばらく、そのまま。

涼しい風が走り、淡い色の絨毯を翻していく。
微妙な色の変化で表情を変え、水面に小石を落としたような。
さっきの光といいこの色といい、どうしてこうも命とは心を乱してしまうのだろう。
この果てしない二人だけの世界で、それでもかまわないと思ってしまうなんて。

「ある人から聞いたんだ。」

現実に戻した彼の声と背中には陰があった。
労るかのように風が優しく彼の頭を撫でる。

「知ってるか塔矢?”コスモス”って漢字で書くと”秋の桜”って書くんだぜ。」
「ああ。」

確かそんな名前の詩人がいたなと思いながら、彼の言葉を待った。

「桜ってさ、すぐに散っちゃうだろ?プロになってからは忙しくてなかなか見れないんだよ。」

風がざわざわと声を上げる。しかし力はなく優しく。

「だけどコイツは少しの雨風じゃ散らないんだって。桜より長い間咲いてるんだってさ。」

微かに声が低くなった。寂しそうに。悲しそうに。
ボクはただその後ろ姿を見ているだけで・・・

「だから・・・オレ・・・・」

ザァーーーーーーッと、風が一瞬叫び声を上げた。

「これを見てたら、アイツに近づける気がするんだ。」

そう言って振り向いた彼に、ボクは息をのんだ。
彼の瞳は、あの時と同じで。
打たないと言った時のあの・・・どうしようもなく胸が締め付けられる瞳で・・・・・・

「・・・進藤?」

呼ばずにはいられない。
しかしその言葉も風が遮ってしまったかのように、
彼は別の、何か此処には存在しないものを見ているようだった。
やっぱり、此処はダメだったんだ。
彼の周りで花びらが舞い上がる。

「進藤!」

すぐ前にいるはずの彼がどんどん遠ざかっていく。
背後の花の海に溺れるように彼はゆっくり目を閉じた。

「・・・佐為・・・」

紡ぎ出されたその言葉に、今度は風の中からざわめきに混じってささやく声が聞こえる。

「-----ヒカル------」

その声は見えない糸で進藤を絡め、花の海へと沈めていく。

「誰だ!?」

お前はいったい。彼をどこへ連れて行くつもりだ?
また彼を暗い陰の中へ落とすつもりなのか?

「やめろ!!」

ボクの叫び声を合図に、花びらは一層激しく舞い上がり進藤の髪をかき上げた。
その渦の中から聞こえるのは、先程彼の名を呼んだ囁くような優しい声。

「大丈夫ですよ。ヒカルはまだ心に整理がつけられていないだけ。
その心の隙間が私を呼ぶのです。でも----------」

一瞬、ほんの一瞬だけ、見えたような気がした。
彼を包み込む・・・・・・

「もう心配いりませんね。あなたがいれば。
あなたはいつかヒカルの心を満たしてくれるはず。
私との想い出も全て-----笑って思い出せるように-----------」

そして・・・‘風’は・・・・


「---------ヒカルをお願いします----------」


ふ、と花びらは止まり力なく落ちて行った。
あの花吹雪は幻だったかのように、風は全く感じられなくなった。
空気の動きさえも止まってしまったかのように。
透明なフィルムを張り付けたような世界は、一日の内で最も赤い時刻を迎えていた。

「進藤?」

コスモスの葉の間に彼の黄金色の髪を見つけ、駆け寄った。
彼はコスモスの海の中で仰向けに倒れていた。

「進藤・・・進藤?」

彼の体を抱き起こし、頬に手を添える。
先程の風よりもゆっくりと、彼の前髪をかき上げ手を戻すと、
色素の薄い細い髪はオレンジの光を通過させ一本一本が発光体のように煌めいた。
とても、綺麗。
溶けてしまいそうな、あの光に似た--------

「・・・・・・と・・うや?」

目蓋をゆっくりと上げたキミは、髪と同じ光を宿した瞳で微笑んで・・・
ボクも、微笑むしかなかった。

「ちょ・・・ちょっと塔矢、何だよいきなり。」

くすぐったいと肩越しに笑うキミの声は何時も通りで・・・・とても大切なんだ。
例え、花壇では根付く事はできない花だとしても。

「キミが、どこか遠くへ行ってしまうかと思った。」
「なんだよそれ。」

そう言いながら今度は彼がボクを抱きしめてくれた。

「オレ、どこにも行かないぜ?オマエといるんだ。塔矢。
ずーっとオマエと。」

           
     サァァ-----------------


風が再び動き出した。
丘を下り、コスモスの花を揺らして、ボク達を包み込むようにして優しく。
ずっと。







         -----------ヒカルを お願いします------------








textへ戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送