その日は用事があるからだとか、
親に留守を頼まれたからとか。

最近、オレは忙しいヤツだと思われている。
研究会の後、一般対局の後、地方イベントの後、もしくは突然、付き合いや遊びで飲んだりカラオケに行ったり。
そういう誘いは、何時も用事があって断っていたからだ。
別に本当に用事がある訳じゃなくて、ただ、余計な付き合いがしたくないだけ。
そういうとき、オレの口は簡単にウソを作り出す。
しかも、かなり巧く。
この人は用心深いからだとか、この人は案外お調子者だからとか・・・人を見て、最適なウソを選んで。
そうしている内に、オレは何時も何かの用事に追い回されていると想われるようになり、最近ではこの口が動く前に向こうから遠慮してくる。

それで、最近はあまりウソもつかなくなったけど・・・

「ヒカル、どういう事?!今日は一日中一緒に居られるって約束したじゃない!」
「仕方ねぇだろ。急に手合いが入ったんだから。」

ヒステリーに叫ぶ声を受話器から思いっきり話して辛うじて緩める。
最近は専らこっちで口が動いた。
デートの約束をすっぽかすためだ。
もちろん、今日は手合いなんてない。

「とにかくさ、この埋め合わせは必ずするから。」
「そんなこと云って、ヒカルここのところずっと会ってくれてないじゃない!」

少し、涙声の彼女にオレは聞こえないよう溜め息をついた。
当たり前だ。
だってこれもウソなんだから。
そのまま少し黙っていると、彼女は受話器越しにしゃくり上げた後再び叫んだ。

「もう、ヒカルなんか知らない!!」

プツン



あーあ。終わったな。これで何人目だったか。考えるのも面倒臭ぇ。
接待や友達との遊びと違って、こういうのは付き合いが深いことが前提だから、ウソもいつかは限界が来るんだ。

ウソは、社交辞令には向いているけど、本気の付き合いには向いていない。
ウソは更にウソを呼んで、いつの間にかウソで膨れあがって、仕舞いにははじける。はじければそれはもう、修復の出来ないところまで来てしまう。
すぐにばれるなら笑い話だけれど、幸か不幸かオレの口は限界までウソを巧妙に突き続けてくれる。
一生ばれないか、はじけるかしかないんだ。

なら、最初からウソなどつかなきゃいい。
解ってる。
解ってるけど、無理なんだ。
だってもうオレは、ずっとずっとウソをつき続けてきたんだから。
特に中学生時代では。

ウソをつくことが、唯一の防御だった。
つかなければ、アイツを守れなかった。
だから今も、オレは自分を、アイツを護るためにウソをついているんだ。
だから罪悪感なんてない。
ウソをつくのはもう慣れた。


ピリリリリ・・・ピリリリリ・・・


来た・・・
ディスプレイを見ることなく、オレは通話ボタンを押して耳に当てた。
今どき電子音で登録しているヤツなんて一人しかいない。


「もしもし?進藤」

音が途切れて、アイツの声が少しぶれて聞こえる。
オレは側にあったベッドに仰向けに転がり、天井を見た。

「なんだよ。何か用?」
「別に、用って訳でもないんだが・・・明日は暇か?」
「いんや、ちょっと用事が」
「何の用事?」
「ちょっと」
「だから何のだ。」

また始まった。
普通のヤツは、そこで引くもんなんだよ馬鹿塔矢。
「ちょっと」は「ちょっと」だろ。

「・・・・」
「言えないのか?」
「・・・・・・・・」
「じゃあ、明日、ボクの碁会所で」
「ちょっと待て!」
「何だ?」
「何でお前がオレの予定勝手に決めるんだよ」
「だって用事がないんだろう?」
「あるって言った」
「だからなんだと聞いている」
「・・・・・」

もう、これでお手上げだ。後は何時も通りのオレの降伏宣言。

「わーったって・・・行くよ。行く。」
「じゃあ、明日朝の10時にいつもの席で」
「あ、」

そういわれたとき、昼までは本当に用事があったことを思い出す。
じいちゃんに指導碁を打つ約束をしてたんだ。

「どうした」

いきなり声を上げたオレに、塔矢は怪訝そうな声を吹き込む。

「いや、その昼過ぎからでよくねぇ?午前中はその・・・」
「なに?」
「用事・・・が・・・」
「そうか。なら仕方がないね」
「は?」

すかさず「何の?」と聞かれることを身構えていたオレは、間抜けな声を上げてしまった。
そうかって・・・や、確かに今のはウソじゃないけれど・・・

「塔・・矢?」
「何時からなら空いている?」
「ええっと・・・一時くらいからなら・・」
「じゃあそれでいいよ。待っている。」

遠ざかりそうになった声を、オレは慌てて引き留めた。

「何?」
「・・・・」

なにも云わないオレに、塔矢はクスクスと笑い出す。
声だけでもその顔が想像できて気にくわねぇ。

「ごめんね。慣れちゃったから。」

何を謝ってるのか、何に慣れたのか、それよりも、
そう口にした塔矢の声色が、どういって良いのかわからない雰囲気で、オレは凄く焦った。

「キミがウソを言っているのか、そうでないのかくらい、分かるよ。」

だからごめんねと、
もう一度謝って、塔矢は話を区切った。

「じゃあ進藤、明日の13時に、碁会所で」

今度こそ声が遠ざかり、そのまま切れる。
ぱたんと画面を合わせると、オレはその手をベッドに放り投げた。

空いている腕を顔に載せ、天上からの光を防ぐ。
そうしてさっきのアイツの顔を想像してみたけど、浮かばなかった。
ベッドを起きて、でも何をするでもなくって、またすぐ側で壁に背を付けズルズルと座り込む。

(アイツだけは、何時もそうなんだ。)
オレのウソが肥ってどうしようもなくなる前に一つずつ気付いて潰してくれる。
そうしてオレをウソから引っ張り出してくれる。

ウソに慣れているなんて、ウソだ。
本当は、ウソなんてつきたくない。

きっとアイツは、そのウソさえも見抜いている。そして、唯一未だに潰されていないウソも、アイツはきっと潰してくるだろう。
オレが、いつか自分で潰してしまうんだ。


ごめんね


謝るのは、オレの方だった。















うわ、纏まらない(汗)もう放置プレイでいいや(投)


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