久しぶりに通されたアキラの部屋は、相変わらずアキラらしく、何もない部屋だった。
何もない、というと本人は余りいい顔をしないけれど、それ以外の形容がし辛いくらいにアキラは昔から必要最低限のものしか手元に置かないヤツだった。
飲み物を持ってくるからと自室を後にしたアキラを見送って、俺は手持ちぶさたで部屋の中央に腰を下ろす。
あぐらをかいてぐるりと部屋を見渡す。
やはり、何もない。いや、厳密には机とパソコンと、それから・・・碁の本。
碁の本だけは人並み以上に持っているいるかもなぁなんて、自分より明らかに冊数の多い本棚にちょっと恥ずかしくもなった。
数年前、中々昇段できずに塔矢元名人に、お前は少し取り組みの姿勢に甘いところがあると諭されたことを思い出した。
ふいに棚の端に折り込まれた週刊碁を手に取ると一面には碁聖の挑戦権を獲得したアキラの穏やかな微笑み。
しかしその瞳の奥には盤上でちらちらと燃える蒼い炎が確かに息づいていた。いつも真剣なその表情。
そういえば、俺はまだリーグ入りすら出来ていないのに。
居たたまれなくなって視線を逸らすとふと、素朴な木製の机の上に見慣れない人工色の青が目に入った。
独特の張りと光沢、弾むゴム生地がまあるく形をなすそれは・・・・

「あ、芦原さん座って見てくれていいのに」

そう言いかけて部屋に入るや、アキラは慌てて盆を置き、座布団を探し出した。
相当自室での接客が少ないらしく座布団一つを見つけるだけで押し入れの中をひっくり返す始末だった。
なんだかなぁ。

「ご、ごめん、ボクは何時も使わないから・・・どうしたの?」
「いや、微笑ましくもあり、憎たらしくもありってね。」
「え?」

キョトンと座布団を抱えたまま首を傾げる様からはとても盤上の彼の目は想像できない。
これが姿勢、と言うものなのだろうか。

「なぁアキラ、お前夜店にでも行ってきたのか?」

受け取った座布団を下に敷きながら何となく発した言葉にアキラはああと机を見た。
正確には机の上に置かれた青いヨーヨーを。

「うん。先週の土曜日にね、ほら、近所の神社で。」

そう答えるアキラの声は気のせいか若干弾んだようで、アキラにも意外な一面があるんだなぁと感心する。
そういえば昔、門下の人たちと一緒に夜店に連れて行ってやったことがあった。
コイツは店を観るばかりで何もしようとしなかったから、結局リンゴ飴だけ強制的に買ってやって帰っただけだったけれど。
後にも先にもアキラと夜店に行ったのはその記憶だけで、その所為か、ヨーヨー釣りをするアキラなんて想像できない。

「進藤にとって貰ったんだよ」

まるでこっちの思考が読まれたように言われてちょっと驚く。
まぁそうだよな。アキラは何時まで経ってもアキラだよなぁ。
なんとなく、夜店の人混みに戸惑うアキラを面白可笑しく引っ張る進藤君の姿は容易に想像できて笑ってしまう。
きっとアキラはまた、ずっと観ていただけなんだろう。
コイツは昔から碁以外に関しては受身な所があって、中々自分の感情を外に表そうとはしない。
俺と行った夜店だって、結局本人は楽しかったのかどうなのか・・・肩車をしたり手を繋いだりして店をまわって、リンゴ飴を遠慮がちに食べるアキラの表情をうかがい観れば、それは何とも形容しがたいもので。
まわりに楽しんでいたのかと聞かれると自信を持って断言できないのも事実で・・・そういうところは時々寂しく思ったりするんだ。
碁で、盤上で、アキラのちらちらと燃える炎は何度も観ているけれど、それ以外のところで青色以外に輝く瞳は、未だ嘗て数えるほどしか観ていないから。
兄弟子としてそれはちょっと哀しいよなぁ。

「それで、おまえずっと振り回されてたんだ?」
「うん、まぁ、確かにそうだけれど」

俺のすこし感傷的な問いを感じ取ったのかどうなのか、アキラは苦笑混じりに肯定したとくるりと背を向けてヨーヨーを掴んだ。
ゴムを指にかけて確かめるように何度か叩く。涼しげな水の音が部屋に響いた。


「楽しかったよ」




「・・・・え?」
「え?」

二人して同じ疑問符を浮かべてしまった。
それはそうだ。だってあのアキラが。
昔からずっと碁以外では無頓着で、部屋だって昔からずっとこのままのアキラが「楽しかった」って笑っている。

「芦原さん?」

青いヨーヨーを大切に手に持って、時々持ち替える動作と共に中の水がぱしゃぱしゃとはねる。
青いゴムに白の線と黄色と緑の水玉模様。
アキラの手の中でくるくるとまわって揺れて踊っている。
同じ青の筈なのに、その色は全く別のもののようで。

「いや、楽しかったんなら良かったな」

俺は気を取り直して話を続ける。

「それにしても、お前ら切り替え早いなぁ」
「碁とプライベートは別だもの」

そう、もし先週の碁聖リーグ戦、最終局でアキラが負けていればあの週刊碁の一面には進藤君が載るはずだった。
昨年にアキラは棋聖、進藤君は鶴聖のリーグ戦に残ったけれど、挑戦権に手が届くところまで這い上がってきたのは初めてのことだった。
そんな大変な、誰もが望む一局を終えた直後に夜店とは・・・二人とも神経が図太いというか何というか

「じゃあそれ、挑戦権獲得祝いか?」
「そんなところかな」

まんざらでもなさそうに心地良く声を発するアキラに俺はまたしても距離を感じてしまう。
何時までも昔のまま・・・とはいかないか。
気持ちも碁も、何時までも兄貴ぶってはいられない。
此処はそういう世界なのだから。

「で、あとは誰と一緒に行ったんだ?和谷君とか?」

当然、夜店なんて大勢で行くものだと考えていた俺は、一体どういうメンバーで行ったのか気になって聞いてみたのだけれど。

「ううん、進藤と二人だよ。」
「・・・二人だけ?」
「うん」

そういえば、どうして和谷君達は誘わなかったんだろうと真剣に考え込むアキラをみて、
その姿に昔のアキラを重ねて、
俺は嬉しくもあるけれど、また違った意味で哀しくもなった。













8月6日に描いた夜店へ行くヒカルとアキラの後日談。
アキラも変わっていくんだよ〜という・・・芦原さんのアキラ離れの始まり(笑)

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