いつの間にか日は短くなり、
宇宙へ届くかと思われるほどに突き抜けていた空には霞がかかって固さを増し
幾分か頭上に迫ってきた様だ。
アキラとが散歩をしたあのコスモス畑も今では色あせた緑を残すだけとなっている。
細く縮れたその葉茎をすり抜けて冷たい風が息を吐く。

丁度今が秋と冬の境目なのだろうと
ガラス越しに見えるその風景に手をやると、向こう側からうっすらと白く暖かいものが浮かんできて


コンコンコン・・・


遠慮がちなノック音には現実へと戻された。

「どうぞ。」

スッと手を戻すと窓ではなく、ドアの向こうにいる人物へと意識を向ける。
もう何度聞いたか分からない自分を引き留める優しい音に自然と顔を綻ばせながらその人が見えるのを待った。

「・・・・」

だが、そこに見えたのはまるでとは正反対の表情で

「?どうしたの?アキラ、入ったら?」

いつものように呼びかけても、アキラは依然としてその場を動かない。
が小首を傾げ、もう一度促すと漸く緩慢な動きでドアを潜り、それでもいつものように丸椅子には座らなかった。
ベッドの側まで近づくだけで今日最初に見せた表情は何一つ変わらず深刻なままだ。
は困ったように笑い、肩をすくめると口を開いた。

「・・・聞いちゃったんだ?私のこと・・」

その言葉に答えはせず、アキラは更に顔をしかめ影を作った。

「・・・何故・・・」
「だって、いつものアキラと全然ちが・・」
「そうじゃない!!」

振り上げた顔には明かな苛立ち。
を睨み付けたアキラの目は、よく見れば眼下が黒くなっていて
唇もかさつき、髪も乱れていた。

「・・・アキラ、大丈夫?その顔・・・・・」
「・・っボクの事はどうでもいい」

そっと頬に触れたの手をやんわりとほどくと、乱れた髪をそのままに
鼻先を床へと向けて黙り込んでしまった。


「ごめん・・」


ほろりと零れた今までに聞いたことのない声色に、アキラがハッと顔を上げると
は笑っている。
いや、本当は泣いているのかもしれない、それとも怒っているのだろうか
思い返せば彼女は何時でも笑っていて、何時もそれに流されて、自分は彼女の本当の気持ちなど考えたこともなかったのだ。
そう思考を巡らせる間にも、彼女は笑顔でゴメンを繰り返す。
何に対しての謝罪なのだろうか?
心配をかけたこと?
黙っていたこと?
碁を、共に続けられなかったこと?
でも、
そんなものは・・・



「ごめん」

「なぜキミが謝る」
それ以上の言葉を遮るようにアキラが訪ねると、今度はが視線を落とす番で

「だって私・・・」
「キミは何も謝るような事はしていないじゃないか。」
「アキラ」
「ただボクは・・・キミから本当のことを聞きたかった。」
「ごめん」
「だから謝ることはないだろうっ?!!」

自分の叫び声で我に返ったアキラは、いつの間にかベッドの脇に両手をついて半ば馬乗りのような状態になっていた。
間近で見下ろしたの表情が驚きと戸惑いと謝罪で揺れている。

「・・・っ・・・」
「アキラ・・・」

その場から動けず、肩だけを呼吸するために動かすだけのアキラに
はゆっくりと手を伸ばすと頬に触れた。
その温もりと優しさにアキラは視線を元へと戻すと、息をのんだ。
今まで笑っていたはずのの顔は奥深くに沈んで
代わりに浮かぶのは悲しみの表情。

ツキン、と
冷たいモノが自分の身体にねじ込まれる。
触れた手は温かいのに。
自分に向けられる想いは、何時だって優しいのに。
今の彼女の目は、自分に向けられているものではなかった。
自身を責めて、軽蔑して、絶望している。
こんな自分でごめんと。
ボクを見詰めるその瞳からは今にも涙が溢れ出しそうで


「本当に、ごめん・・・」

やめてくれ。


謝らなければいけないのはこっちの方なのに。



「ごめんなさ・・・」


それでも云おうとするその言葉を遮ろうと
ボクは自分の頬に添えられた彼女の手を引き寄せ、そのまま腕の中へとおさめた。
初めて抱きしめるの身体は、思いの外に小さくて力を入れたら砕けて消えてしまいそうだ。

「アキ・・ラ・・・?」

布越しの掠れた声でボクの名前を呼ぶ
ボクはただそうするしかなかった。
鼻先でくすぐる彼女の髪。じんわりと伝わる彼女の体温。
その全てが、今はただ哀しくて

「もう、いいから・・・」

自分まで言ってしまいそうになる言葉を辛うじて飲み込んで

「いいから、何も・・・何もキミは悪くない。」

だからそんな顔しないでと
震えるボクの身体に包まれながらは静かに涙を零した。

















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