はらはらはら・・・
夕暮れから降り出した雪は積もることなく、闇を広げ始めた空から静かに舞い降り続けている。

はらり、と舞い込んだ一片の雪がプラットホームの地面へと落ちた。
ひと時も待たずに消えてしまったその水跡に視線を落とすと、アキラは再び屋根の向こう側の切り取られた灰色に目を向けた。
こんな風に時折風が雪を運んでくるより他は、まるで今のしんしんと降る雪は一枚の動く絵画のように切り取られ明と暗のコントラストを描いている。
今年も冬がやってきた。
ぼんやりとした頭でそう感じると、キラキラ光る結晶にアキラは今までの思い出を重ねずにはいられない。
と共に過ごした冬。
彼女は冬が好きだ。
いや、全ての季節が、毎日が彼女にとっては好きで好きでたまらないのだろうけれど。
でも特にアキラは冬のが好きだった。

もう何年前になるか・・・アキラが新初段シリーズで座間王座と戦ったとき、自分の限界を目差した一局を打った。
それは背後から近づく彼の足音を振り払うため。そして「アキラとは打てない」といった彼女の言葉へ問いかけるため。
何故自分ではないのかと。
自分は彼よりもこれだけ強いのに、どうして彼女は、自分ではなく彼と共に自分を追うことを選んだのかと。
今思えば、幼い子どもの独占欲だったのかもしれないと以前、今日や新初段シリーズの時と同じように雪が降る夜にに話したことがあった。
でもそれは、既にが白い四角い部屋から出られなくなってしまってからだったけれど。
同じように切り取られた空を見て、舞い落ちる雪を観て、アキラは珍しく恥ずかしそうに笑った。
それはも同じだったようで、やはりくすくす笑いながら「ああ、あの時の」と声を発した。

「見てたよ。ヒカルと。とてもゾクゾクする碁だった。」

そう言って、窓の外を見る。

「あの時も確か、雪が降ってたよね。」
「ああ」
「懐かしいなぁ。あの日ね、最後までヒカルと棋院に残っててその帰りに雪合戦してたの」

これがヒカルったら凄く弱いんだ〜ところころと楽しそうに笑う
その時のヒカルの様子を大げさに真似てみせる
アキラはその様子を思い浮かべて、あまりにも想像がたやすくてつられて大笑いしてしまった。

そういえば、あの冬が、
が外での自由を許された、最後の冬だったのだ。


アキラは冬のが好きだ。
とのこの想い出があるから。
が雪を纏って舞う姿が綺麗だから。
でも、本当に彼女が雪の中で舞っている姿を見たことは、一度もなかった。


依然として降る粉雪に、外を歩く人々は傘を差し始めたようだ。
ホームの内側の人々は傘こそ差さないにしろ、昼間よりはぐっと冷え込んだ気温に次の発車時刻を確認しながら
襟の前を会わせたり、手をこすったりして温めている。


・・・どうしているだろうか・・・)


アキラは、の余命を知らされてからは一度も彼女には会っていない。
会うたびヒカルには彼女の様子を聞いてはいるが、やはりこの目で一度会って話をして安心したい。
ただ・・・会うことが怖い。

アキラがその二つの間で葛藤していると突然、何者かに肩を掴まれた。

「・・・進藤?・・・」

振り向いて見てみると、肩で息をして口から大きな湯気の塊を吐きだしているヒカルの姿があった。
全力で走ってきたのだろう、額にはうっすらと汗まで滲んでいる。

「とっ・・・塔矢・・」
「大丈夫か進藤、キミも次の新幹線ならまだ時間は・・・」
「頼む!!」
「?」

アキラの言葉を中断して投げてきたヒカルの言葉に、アキラは訳が分からず困惑した。

「頼むって・・・何を?」

瞬間、目の前で上下していた肩がぴたりと止まるのを見届けると、
石のように動かないヒカルのつむじを観てアキラは直感した。
無意識に今度は自分の身体が固まるのを感じる。

「わかってんなら話は早いんだ。
今日だけでいい、今夜だけ、に会ってやってくれ。」

目線を逸らしたアキラに、けれどヒカルはしっかりと彼を見つめて言い放った。
真剣な表情が、ヒカルが大きく息を吐くごとにぼんやりとした湯気が覆い、霞がかかる。


暫くの沈黙。

二人の間では白い息が交互に吐き出される。
ホームの床を打ち付ける靴底の音。
行き交う人々と舞い落ちる雪の中、二人の周りだけは時間と空間を切り取ったかのようにゆっくりと動く。


「・・・すまないが・・・」

時間を戻したのはアキラだった。

「ボクにはまた・・・彼女と会う自身がない・・・」
「・・・・・」
「会いたくない訳じゃないんだ。ただ-------」

時間は戻っても、空間は依然として切り取られたまま
曖昧な闇の境界線の上から白い結晶が降り続ける。

「・・・いや・・会いたくないのかもしれないな・・・・」

ヒカルは真っ直ぐにアキラを見詰めて、言葉を待った。
表情を変えずに彼の本心が現れるまで。
その視線に一度アキラは前髪を掻き揚げそのまま片手で片目を覆い俯いてしまう。

「怖いんだよ。現実を見詰めることが・・・見詰めたところで、きっとボクは・・・認める事なんて出来ない」
「・・・・」
「会えば全てが崩れてしまうんだ・・・ボクの中のが・・・」

まだ一点の曇りもなく、自らの夢を信じ、ただ一心に前に進んでいたあの頃。
溢れる光に照らし出された未来に胸躍らせていたあの日。
全てが幸せだった。
今生きているだけで、それ以外に何もいらないと思っていた。
あの時の、
それが全て・・・・・

「消えないさ」

どうして

「オレのは・・・消えてない。」

どうして、そんなことが言い切れるんだろう。

「あいつは、ずっとアイツと一緒にオレの中にいるんだ。ずっと・・・」

そう言って彼の手が押さえるそこには、自分以外の鼓動を刻む、何かが隠れているとでも云うのだろうか。
彼の言う“アイツ”が誰なのか--------
それはまだ穴の空いたジグソーパズルで、解らないところもあるけれど
それでもその“アイツ”が確実に彼を成長させていく。
決して埋まらない傷を残しながらも・・・

自分も、そうなれるんだろうか
彼のように強く。
いや
自分の弱さを認められるように---------


いつの間にか降ろされていた目蓋を上げれば、彼が収まる視界の中、淡雪が入り込み蒸気と溶け合い空中で消えた。
まるで、自分の心の最後のつっかえまでも、彼がそうして消したようで・・・・
その視線は確かに自分が、以前の彼に求めたもの
そして、今では盤を挟み、何時でも観られる美しい輝き----
アキラはもう一度目を閉じて、純白の軌跡と共にあの瞬間を思い浮かべる

そうだ
いまは、ボクが

アキラは今度こそ真っ直ぐにヒカルの目を捕らえた。
自らが彼に待ち望んだ、その色を蘇らせて
今まで以上の強い光が宿っているとヒカルは感じた。

そうか
その目が・・・

ふいに微笑んだヒカルにアキラは訝しげな顔をする。

「どうした?」
「本当に、昔のオレを見ているみたいだなと思ってさ。」
「何を・・・」
「でも、今だから分かる。あの時、お前がどれだけオレのために必死になってくれてたのか。」

依然として向けられた綻ぶような微笑みに、アキラは視線を泳がせ、ヒカルはころころと肩を揺らした。
小さな湯気の塊が夜空に上っては溶けていく。
何でだろう
無性に、涙が出そうになる

「ありがとな」
「・・・それはこっちの台詞だ」

言うとアキラは、ホームの階段へと駆けだした。

「塔矢!!」

一瞬、立ち止まってから振り返ると、ヒカルが満足げに声を張り上げた。

「オレは次の新幹線に乗って先に行く!
いいか?二時間だ。その最終までに何とかしなかったら、オレがタイトル奪ってやるからな!!」
「また、逃げたらどうするつもりなんだ?」

自信に満ちあふれたその声に、含み笑いをし、アキラも負けじと声を張り上げた。

「また、逃げんのか?」



はら はら はら・・・・




依然として粉雪は舞い落ち続けたまま。
遠い向こうのネオンサインを反射させ、虹色に煌めく小さな光。



アキラは大きく息を吐くとその顔にヒカルと同じ笑顔をのせた。
コートの裾を翻し、そのまま階段を下っていく。

「・・・逃げるわけねェよ。オマエが。だって」

白い帯を口からゆらゆらと立ち上らせ
ヒカルは小さく笑った。






オレ達は、似たもの同士だから-----------









雪の舞い踊るプラットホーム
路線の奥に、ヘッドライトの光が見えだした。


























よ・・・ようやくアキラ這い上がった・・・
次が一番アキラ夢らしいと思います。
・・・じゃあそこだけ書けば良かったんじゃ(滝汗)





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