最近は地球温暖化だどうとかで、南極の氷が解けだして、数十年後には日本列島が沈没するかもしれないとか言われているみたいだけど。
少なくとも今この瞬間は、沈没しても何でも良いから体感温度よ上がってくれと、剥き出しの手に白い息を吹きかけながら自己中極まりない考えを巡らせていた。

想えばこの真冬の昼下がり、一時的な陽気に誘われてちょっと遠出で買い物でもしようと思ったのがいけなかったのだ。
鍵を閉めて階段を駆け下りた時には笑っていた太陽は、無慈悲なことに今はぶ厚い雲の向こうである。
・・・所詮心など持ち合わせていない熱の固まりを、素直に信じたのが間違いだった。
お陰で手袋まで置いてきてしまったは、昼下がりなのに薄暗い帰り道をずしりと重い買い物袋を提げつつ、
必死で手をこすり合わせながら帰りの駅を目差していた。
白いビニールの袋にはオレンジ色の小玉がたくさん。
大好きなそれらは甘い果汁をこれでもかと蓄えたまま顔をちょこんと覗かせていたが今はそれすら鬱陶しい。

寒い寒い寒い・・・・っ!

なんど連続で叫ぼうが、一向にあのオレンジ色の作り笑いが雲間から謝罪と共に覗くことはなさそうだ。
仕方がないのでなるべく歩調を早めながら、家に着いたあとの温々とした光景を思い描く。

は今一人暮らしだった。
バイトは専ら不定期で財布の重さも不定期なので、ちょっとさびれたマンションに住んでいる。本当にちょっとだ。
とは云っても家賃と光熱費の事を考えれば申し分ないものであったが。
それに、なんといっても南向きだ。外見以上に内装も良かったし。

は、その簡素なドアを開けた後に広がる暖かなフローリングの床へと意識を飛ばした。
そしてその上に惹かれた電気カーペットとこたつのコラボレーション。
柔らかな感触の掛け布の下では此方はけっして裏切らないオレンジ色の暖かな熱が閉じこもっている。

帰ったら真っ先に買い物袋も放り出してその中に滑り込もうと心に決めた。

それから今し方買ってきた蜜柑を摘んで、撮り溜めていたDVDか、何と無しにやっているテレビを見よう。
で、めんどくさいから今晩はあるものを適当に放り込んだ鍋パーティと。
今日はバイトも入ってないから際限なくゴロゴロごろごろだらしなくできる。世界は自分中心に回るのだ。

次々と決まっていく予定に何時の間にか寒さも忘れ、心がほかほか暖かくなってきた。
冬はこうやって家の暖かさが直で感じられるから嫌いじゃない。
冷静に考えればまずは全ての電化製品にスイッチを入れて待たなくてはならないのだが、今の彼女にはそんな野暮な前置きは思いつかなかった。

ますます楽しくなってきて冒頭の陰鬱さは何処へやら、はとうとうスキップと鼻歌交じりで住宅街の角を曲がりにかかった
かかったのだがその時、

「ぎゃっ!!」

女としては相当にふさわしくない両生類の潰れたような声が出てしまった。
更に冷たいアスファルトに尻もちをつき、右手で踊っていたビニール袋からは橙色の果実がぼろぼろと零れて転がった。
その一つが目の前で一歩下がった革靴にぐちょり・・・と先程のありえない奇声に負けない惨めな音を立てて潰れてしまった。

「ああっ!」

腰をさすりながらも目の前の悲惨なオレンジ色の残骸に再び奇声を発する。
最悪・・・
またもやテンションだだ下がりのであったが、次に頭上から降ってきた声に、気持ちは更なる奈落へと堕ちていった。

「・・・大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」

差し出された手を完全に無視してお尻のコートをはらうと勢いよく立ち上がり、頭一つ分ほど高い位置にあるその漆黒の目を睨み付けてやった。
明かな闘志(と言うよりは殺意に近い)をメラメラと滾らせたその瞳に、たった今の幸福を踏みつぶしてしまった男、塔矢アキラは数度瞬きを繰り返した。
そしてふいに自分の水っぽい足下を見下ろして、ああと小さく息を零した。
謝罪の言葉を述べてくれるのかと思いきや、
棋界では幾多の女性を虜にする営業スマイルを湛えた唇が紡いだ言葉はどう考えてもあり得ないものだった。

「路上で意識をとばすなんて、相当だな」
「なっ!」

カチン、ブチン

擬音語をつけるならばそれがふさわしいだろう。
は怒りにぷるぷる震える素手が目の前の見かけ倒し貴公子に飛んでいくのを辛うじて押しとどめその代わりに手のひらをいっぱいに開いてアキラの前に突きだした。

「・・・?何?」

全く意図が掴めません、という涼しい顔で黒髪を揺らす。
ああ、世のいたいけな女性達は皆このエセスマイルに欺されるのだ。
実際自分も、出会い初めの頃はこの顔まんまの清らかな好青年だと思い込んでいたけれど。

「弁償代。蜜柑の!」

もう一度ぐいっと手を突き上げるとアキラは上品にクスクスと口元に手を添えて笑った。

「じゃあキミはこの革靴の弁償、してくれるの?」

ことんと半歩前に突き出されたそれは甘酸っぱい香りを纏っててらてらと光り輝いていて・・・相当豪快に踏んずけたらしい。

「蜜柑一個と革靴一足、どっちが高くつくかな?」

依然クスクスと見かけだけ上品な笑いを零す彼には怒る気さえ失せてしまった。
だからこのオカッパ野郎とは関わりたくなかったのに。
何故か自分は何時も何時も思わぬところで彼と出くわしていらん体力を搾り取られるのだ。
そんなの、あの時だけで十分だ。

がくりと肩を落としたがそのまま地面にしゃがみ込んで散らばった蜜柑を拾い集めると、アキラもまた、面白そうにそれに習う。

「手伝わなくていい」
「どうして?」
「関わりたくないから」
「ボクは関わりたいんだけど?」

あーのーねーっ!!!!

とうとうは頭を掻きむしった。

「アキラがいってるのは‘関わる’じゃないの!‘おちょくる‘なの!」
「じゃあ、おちょくりたい」


・・・もう、嫌だ・・・


何が哀しくて丸1日休みで、幸せの絶頂に合った自分が、この腹黒天然オカッパに日本海溝並の歪みに落とされなくてはならないのか。
とっとと帰って今からでも今し方想像していた幸福を実行に移さなければ。

手早く蜜柑を拾い集め(アキラの手からはぶんだくって)雑に袋へ詰め直すと、彼には見向きもせずに歩き出した。
スタスタスタとほとんど駆け足状態のその歩調にやっぱりというかアキラはピッタリと着いてくる。
曲がっても曲がっても着いてくる。

「アキラの家はあっちでしょ?!帰りなさいよ!」
「キミ、今日たしか休みだろう?人恋しいかと思って」
「あははは、そーですね、変なおかっぱ頭の碁バカ以外だったら側にいて欲しいんですけどね!」

嫌味丸出しの言い方にも、アキラは決して挫けない。

「じゃあ、散髪しようかな。ねぇ、の家のハサミかしてよ。」
「なんで私の家で切ろうとするの?!美容院でも行けばいいでしょ?!」
「なら、切らない。」

ああああもう!!!

は踵をめり込ませて立ち止まり、振り返った。

「そう言う問題じゃないの!私はたまの休みでやることいっぱいあってとっても忙しいの!だからアキラに構ってる暇なんてないの!
大体、アキラこそ手合い?かなんかはどうしたのよ?いつも馬鹿みたいにパチパチ打ってるクセに!」

ぜえぜえと髪を振り乱し叫んだとは対照的に、アキラは髪の毛の一本も乱さずに肩を竦めて見せた。
もう、全ての仕草が一々詐欺で腹が立つ。
今度週刊雑誌にでも匿名でアキラの素顔ばらしまくってやろうか。
そんな恐ろしい考えを巡らせている間にもアキラはスタスタと確実に距離を縮めにかかっていた。
気付いた時には既に遅く、乾いた唇が自分のそれを掠めて、もう一度、今度は深く合わさる。

「んぅ・・・・っ」

がさり、と蜜柑を入れた袋が音を立てアキラはその袋口ごとの腕を掴み取り、引き寄せる。
冬の外気にやられてさほど感触の宜しくなかったそれは角度を変えるごとに漏れる息でしめって、唇が離れる頃には柔らかく潤っていた。
ちゅっと、明らかにワザとたてただろう?!と怒鳴りつけてやりたくなる音を残してアキラはの顔からゆっくりと引いた。
やっと解放されたは先程より荒い息をして、酸欠の脳みそにがむしゃらに空気を送り込む。

「・・・殺す気?」
「別に、そんなつもりはないけど。」

キスで死ぬなんて、ロマンチックだな。と呟いた言葉をは意識の中から抹消した。
もういいよ。どうとでもなれ・・・
半ば自暴自棄になったの手先を握り直しアキラは微笑むと

「今日は手合い、ないんだよ。」

手はギュッと掴んだまま嬉しそうに宣言した。
先程まで必死で暖めていたのにちっとも暖まらなかった指先からはじんわりと彼の熱が染みこんでくる。
不覚にもぼうっとしかけた頭を振り払い、はキリリと相手を睨んだ。

「私は、忙しいの。だから却下。」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「言ってなくとも全て却下」
「手伝ってあげるから」
「いらない」
「じゃあ、手伝わないであげるから」

日本語おかしいんですけど・・・

「碁バカは大人しく家で石並べしといたら?」
「棋譜だよ。。」
「私、碁とかぜんっぜん分かんないし」

アハハハと

ブラウン管越しや、着飾った雑誌の紙面では決して見ることの出来ない笑顔を零してアキラはひとしきり笑った。
何時からそう言う笑いを見せてくれるようになったんだったか。
作り物の笑顔もそりゃあプロだし仕事だし、大したものだと思うけど、絶対にこの笑顔の方がいいと思う。
つられて何だか楽しくなりそうなに向かってアキラは白い息を吐きながらもう一度頬に口を寄せた。
ずっと一方的に繋いだままの手を握りなおして袋を優雅に(?)ぶんだくると、アキラは駅へ向かって歩き出した。

「うん。だからは好きなことしておいてくれて構わないから。
ボクは勝手に棋譜並べでもしておくよ」

寒くて寒くて、この世の終わりかと思えるほど、どうしようもなく冷えていた指先が、今は凄く温かくて。
手持ちぶさたになった片手は厚いコートの中に突っ込んだ。
よくよく思い返してみれば、明後日、アキラは凄く大きな囲碁の勝負で長野に行くのだと言っていた気がする。
高い山々に囲まれたその土地は、きっと此処より特別寒くて、いっぱい雪が降るのだろう。

「本当に、碁バカ」
「それはどうも」

繋いで軽く揺らす手を、はヤケクソで握りかえした。
ぶつかったとき以上に驚いた彼の瞳が、直ぐに嬉しそうに細められるのをみて、やっぱり後悔したけれど

「今日は寒いな。鍋でもしないか?」

冬はそうやって、人の温かさも感じやすいから嫌いじゃない。






























これ、絶対アキラじゃない・・・
私的にはとっても甘く書きました。甘いの苦手だけど・・・























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